top of page

僕と彼女の恋愛観と人生観についての記述 〜第2話〜

  • 執筆者の写真: OyakoDon
    OyakoDon
  • 2019年5月11日
  • 読了時間: 19分

更新日:2019年9月2日

初恋の魅力は「恋がいつかは終わる」ということを知らない点にある。

―ベンジャミン・ディズレーリ


■□■々々々■□■


~昨年四月~


 その日は四月の中旬、桜が散って葉桜になりつつある頃。私立風雪(カザユキ)高等学校に入学してから二年目の春の事だった。何の変哲も無い晴れの日だったように思う。六時半に起床し、七時二十分に家を出て、徒歩二十分で学校に到着。クラスメイトや友達に挨拶をしエントランスからホームルームへ向かう。

「あっ、瑠川先輩!おはようございます!」

「うわっ!またお前か…。えっと、おはよう。」

「はぅ…、すみません。驚かすつもりじゃ…」

 ここまでしっかり定型文だ。彼女は瑞城 呉羽 (ミズシロ・クレハ)。天真爛漫で可憐な入学したての高校一年生。一週間ほど前の事だが、教室移動の際に廊下で突然声をかけられて自己紹介と連絡先交換をしたわけだけれども、何故この女はこんなにも僕に執着するのだろうか(世間一般にはコレを逆ナンパと呼ぶらしい?)。そして今日も僕を見つけるや否や、物陰から飛び出してきたのだった。

「いや、毎回毎回謝るな。慣れないこっちが悪いんだし。」

「はわわ…、瑠川先輩は本当に優しいお方なんですね。でも自虐的にはならないでくださいよ?」

「自虐的なのは認めるけど、優しくはないから。むしろ短気だと言われるけど?」

「短気だなんて失礼ですね!繊細とかナイーブな男だとか、そういう風に言ってほしいものです。」

「ナイーブな男、はちょっと違う…のかな?」

 彼女との会話はくだらなさにこそ満ち溢れているが、楽しく愉快なものではあった。一緒にいて悪い気はしない。「悪い気はしない」が「ずっと一緒にいたい」とは別に思わない。僕たちはただそれだけの関係であった。

「ナイーブって英語だとinnocentみたいな純粋っていう意味もあるけど、childishみたいに幼稚であることも言うからなぁ。ポジティブな意味合いばかりじゃない。」

「ふーん、英語って難しいんですねぇ。」

 他愛ない駄弁りをしながら階段を上っていく、そんな事が日常になりつつあり、それはまた、僕たち二人の一日一回限りの交流の時でもあった。そしてその日も、僕と彼女との交流の時は終わりを迎える、つまり一年生の学級のあるフロアに到着したということなのだが。「あ、それじゃまた明日…」

僕が別れ話を切り出そうとしたその時。

「ちょっと待ってください!一つお願いがあって…」

 おや、今日はいつもと違うらしい。いつもならこの場で別れ、次に会うのは大抵の場合、翌朝にエントランスである。今日ばかりは何かあるらしい。

「あ、あの。今日の放課後、予定ありますか?部活、ですか?」

「今日は予定は特にないよ。どうしたの?」

「えーっと…」

「?」

「あ、はい、すみません。えっと、今日、一緒にお茶でも…しませんか?」


■□■々々々■□■


「そんなわけで、僕は瑞城にお茶に誘われたんだよ。突然なんなんだ、あいつは。」

「いや、お前鈍すぎだろ。それ、いわゆる、デートのお誘い、って言うやつだよ。」

「デート?!そんなの僕に分かるとでも思ったか?僕からしたら異次元だぞ!?」

「ヒューッ!カズちゃんもついにデートかぁ!」

「からかうんじゃねえよ、ヨシハ」

「わー、カズちゃんが怒ったぞー!はっはっは!」

 ヨシハこと、加藤善治(カトウ・ヨシハル)。彼は僕の親友、もとい腐れ縁である。初等科以来の付き合いになるが、中学三年間は同じクラスになったことは一度もなかった。しかし今年ついに、初等科以来に同じクラスになったのだ。とにかく元気なやつで、たまにウザいけど憎めない男だ。そして彼こそ、僕は繊細ではなく短気なだけだと言った張本人である。

「なぁ、ヨシハ。お前彼女いるんだろ?」

「ん?いるけど?なんだよ。」

「デートの時にはどう言う対応を取るのがいいんだ?」

「あー、お前そう言う知識まったくねぇもんなぁ。それじゃあ、教えてやろう。」

 とそこで。朝のチャイムがキャンパス中に響き渡った。

「もう時間か。じゃあ昼休みに教えてやるよ。休み時間は移動で時間が潰れちまうし。」

「そうだな。ありがとう。」

 今日の授業は教室移動が多めで、更には体育もあるので、ゆっくり話している時間はないし、女性の扱い方に関する知識がゼロな僕は恐らく、いや十割型、ヨシハを質問攻めにすることになるので、昼休みにお弁当をつつきながらご教授いただくのが最善策だろうという、僕なりの、僕たちなりのアイディアだった。


■□■々々々■□■


「へぇ、じゃあ僕が気をつければいいのは

①女性の後ろ、あるいは車道側を歩くこと

②歩くときに歩幅を合わせること

③ドアを開けてあげること

④エレベーターはドアを抑えて最後に降りること

⑤お支払いは奢ること、断られたら割り勘でもいいこと

⑥女性の意見を尊重すること

…これでいいのか?」

「そうそう、それでいいのだ。あとは…、そうだ、言うの忘れてた。帰りに家まで送っていけるかどうかは聞いたほうがいいと思う。で、送ってやれ。あまり遠くなければの話だけど。」

「なるほど。難しいものかと思っていたけど、わりかし単純なことなんだな。っていうか、エレベーターで最後に降りたり、ドア抑えたりって、一般常識だよね?」

「それを常識と言えるあたり、流石だと思うわ。さて。これで心配はなさそうだな。他に質問はないかい?」

「大丈夫だ、問題ない。ありがとう。」

「ってお前、親に連絡しなくていいのか?今朝決まったんだから知らないだろ。」

「そういえばそうだった。心配かけないためにも連絡しないとな。」

 うちの学校の校則はかなり寛容で、昼休みにもスマホの使用が認められている。ただし校舎内での通話は禁止。一時間目の予鈴がなってから四時間目終了まで、五時間目の予鈴から放課後までは電源を切って通学カバンにしまうこと。実際、昼休みも電話の使用が禁止されている学校や、そもそも持って来てはいけないという学校も多いのでは?

 そんな校則の説明は置いておいて、僕はスマホの電源をつけ、通知欄を全消しした後、チャットアプリを開き親にメッセージを送ることにした。

Me: 後輩の女子にデートに誘われた。断る理由もないから了承した。帰りは遅くなる。

 数分後に既読がつき、相手が返信を入力中だというを意味の「…」が表示された

Mom: あら、あなたもついにデートね!頑張れ!いってらっしゃい!

 ヨシハと同じこと言ってるよ、うちのお母さん。

 ヨシハと僕はスマホのディスプレイに向かって苦笑いをして、そして校則通り、電話の電源を落とし、カバンに放り込み、五時間目の準備を始めるのだった。


■□■々々々■□■


「和ちゃん、頑張れよ!結果に期待してるぜ!」

「うるせえよ!」

「うるうるせえよ、うるせえよ?」

「ポプテピピックかよ…。」

「あ、怒った?」

「怒ってないけど、その何気ない一言が僕の心を傷つけたね。」

「やっぱ怒ってんじゃねえか!」

 六時間目を終え、バカみたいな漫才を終えて、瑞城(…いやヨシハ曰く下の名前で呼ぶと好感度が上がるらしいから呉羽と呼ぼうか)、呉羽の教室へ向かう。彼女は確か、掃除当番だとか言っていたような気がする。彼女が掃除を終えたらヨシハの言っていた通りに「今来たばかりだよ」と言っておくか。定型文中の定型文らしい。確かにテレビとかで見た事があるかもしれない。

 ところで、このときの僕は不思議な心境であった。というのも、最初誘われたときは面倒臭いけど悲しませない為にも了承しておくか、と考えていた。しかし今となっては、わずかながらも、楽しみだなぁ、とも思っている。

「あ、瑠川先輩~!流石先輩、来るの早いですね!」

 僕が到着して一分も経たないうちに満面の笑みで教室から飛び出して来た呉羽に多少ビビりながらも、僕は彼女に話しかける。掃除は終わったのだろうか?

「いや、今来たばかりだから大丈夫だよ。掃除終わったの?」

「はい!無事に終わりました!」

「じゃ、行きますか。で、お茶をするって言ってたけど、目的地はどこなんだ?」

 そう、これはヨシハにも質問された事なのだが、僕は目的地を知らされていなかった。行き当たりばったりの可能性も考慮し、ヨシハからオススメのカフェやお店を教えてもらっていたが、実際どうなのだろうか?

「はい、実は先輩と是非行きたいと思っていたカフェがありまして…、先週末にクラスメイトと一緒に行ってとても良かったので。場所は分かるので着いて来て下さい。」

「カフェか。チョコケーキとかあるのかな。」

「え、甘いもの好きなんですか?辛いもの好きそうだと言う印象があったんですけど」

「辛いものはむしろ苦手だよ。コーヒーはブラックだけど。呉羽は甘いもの好きなの?」

「ケーキ大好きです!コーヒーは苦くて飲めませんよ。ブラックなんて以ての外です。」

「じゃあ紅茶は?」

「紅茶は飲めます。ミルクティーが好きですね。ってちょっと待って下さい?」

「ん?」

 ここで呉羽は足を止め会話も止めた。

「あ、あの。先輩、私のこと、『呉羽』って、下の名前で呼びましたか?」

「え、うん。ダメだった?」

「嬉しいです。いつも苗字ですし。それに名前もあまり呼んでくれませんよね。」

「喜んでもらえて良かったよ。下の名前で呼ぶなとか言われるかと思って焦ったよ。」

「へへっ。先輩が私のことを下の名前で呼ぶなら、私も先輩のことを下の名前で呼んだ方がいいですかね?どう呼んで欲しいんですか?」

「え、僕?そうだな。みんなからはカズちゃんって呼ばれてるけど。」

「カズちゃんか…。私の友達に和美っていう名前の人がいて、ニックネームがカズちゃんなんですよ。」

「ニックネームが被るのはよろしくないね。だったら呉羽が自由に決めていいよ。あんまり変なのは却下だけど。あと先輩ってつけなくていいからな。聞いてて堅苦しい。」

「それじゃあ…、カズくん!」

「和美さんはいるのに、和樹くんとか和義くんはいないのか?」

「少なくとも私のクラスにはいませんね。」

 いないんかい。因みに、うちの学年には数名いる。うちのクラスにも一人いて、先生方からダブル・カズちゃんと呼ばれている。ぶっちゃけ恥ずかしいからやめてほしい。

「それじゃあ、それで決定だな。」

 そんなわけで、学校から徒歩十五分。下校中のクラスメイトや友人達から「いつのまに彼女を?!」と驚嘆され、からかわれながらも、ちょうど僕の家とは反対方向のカフェに到着した。友人たちよ、僕達はまだ付き合ってないんですけれども。付き合う気も無いんですけれども。

 ところで、ヨシハが言うには、ここでドアを開けて、呉羽を先に店内に入れてあげると好感度が上がるらしい。しかし僕は、相手が女性だろうが男性だろうが、ドアを開けて抑えることなんて常識だよなぁ、と思う。

「こんにちは~。」

「こんにちは。」

「あ、ドアありがとうございます!」

「どういたしまして。」

 感謝されるほどのことでもないよ。そう言おうとしてやめた。余計なことは言わない方がいい。

 どんな店かと言われれば、ドアを開けた瞬間からコーヒー豆が香るお洒落な喫茶店だった。ス○ーバックスのようなモダンなものではなく、どことなく昭和を感じさせるようなクラシカルな店構えだ。店内には、おそらくLP版と見られるレコードが並べられており、ラッパのようなものがついた蓄音機が置かれている。

「いらっしゃいませ。今お席を準備しております。しばらくお待ちください。」

「ありがとうございます。」

 店員さんに挨拶したのち、レコードラックに目を向けてみた。色あせたジャケットに大きなディスクが入っている。いつ店員さんに呼ばれるかわからないので近づいて観察することはできないが、おそらくジャズ系のレコードだろう。レコードといえば昭和歌謡な感じもするが、日本語の存在は確認できなかった。

「先ぱ…じゃなくて、えっと、カズくん。レコードお好きなんですか?」

 ニックネームを決めたことを忘れたのか、一瞬先輩と呼びそうになっていた。かわいいとか思ってしまった。前まで、ちょっとウザいな、とか思ってたはずなのに。…って、そうじゃなくて。

「うん。家に沢山あるよ。」

「やっぱり、親が聴いてたから、って言う感じですか?」

「まあ、そんな所なのかな。親がなんか、オークションで蓄音機を買ったんだよね。」

「蓄音機ですか?!本当に?!」

「僕も家に届いた時はびっくりしたよ。」

「動くんですか?」

「動いた。でも、音量の調節ができないから滅茶滅茶うるさいよ。」

「うるさいのは良くないですね…」

「でも音質はなかなか良かった。ミックスとかマスタリングしてないから、音源が生演奏に近いんだよね。」

「ミックス?マスタ…え?」

「あ、ごめん…。」

 おっと、専門用語だということを失念していた。誰でも知ってるわけじゃないんだもんね。ごめんね。音楽ヲタクで悪かったね。

「いえいえ、無知な私が悪いんです。そのミックスとか何とかというのは何のことなんですか?」

「それはね、えっと…」

「お客様、お待たせいたしました。」

 ミックスとマスタリングの説明をしようと口を開いた途端、店員さんがいらっしゃった。席の準備ができたようだ。

「あ、ありがとうございます。」

「先週末にいらしていた方ですよね。」

「はい。また来ちゃいました。えへへ。」

「そちらの方は彼氏さんですか?」

 いや、違う。違う、そうじゃない。付き合う予定は、過去にも未来にもございません。

「いえ違いま…「まだ彼氏じゃないです」

 僕の否定に被せるように呉羽は「彼氏ではない」と言った。しかし、「まだ」なのが少し気になるが。ゆくゆくは告白とかされるんだろうか?されようがされまいが別に関係ないが。知ったこっちゃあないが。

「えっと、何頼もうか。コーヒーを一杯と、ミルクティーを一杯?」

 コーヒーを一杯。自分で言っておいて笑ってしまう。SCP-198。ちなみに僕はSCP財団員ではない。記事を読むだけの人だ。書くようなネタも思いつかないし。

「そうですね。あとは、ケーキですかね。チョコレートケーキを二切れ…」

ケーキねぇ。二百三十七種の幾つかが紛れ込んでいたら…?ふと「景気のいいケーキ(SCP-871)」を連想してしまって笑いそうになる顔をメニューで隠した。

「ハンバーガーとかもあるのか。でもそれだけ食べられるスペースは僕のお腹には無いようだが。」

「先週末に来た時に頼んだんですけど、予想以上にボリューミーだったので賢明な判断だと思います。ランチにはいいかもしれませんね。」

「じゃあ、コーヒー、紅茶、ケーキでいい?」

「はい!注文お願いします!」

 店員さんを呼び止めて注文をお願いする。注文を終え、さっそくミックスとマスタリングの話を教えることにした。

「さっきの続きなんだけどさ。」

「はい、ミックスとマスなんとかですね。」

「そうそう。それでさ、実は僕、曲作りをしていて。」

「カズくん、作曲するんですか?!身近な人が作曲家だったなんて。友達に自慢できますね。」

「曲作るよ。でも自慢しないで。ビギナーだから。で、ミックスとマスタリングは曲を作るときの作業工程のことだよ。厳密には最後の一手間かな。」

「作業工程。詳しく教えて欲しいです。ん?曲作るって事は何か楽器弾けるんですか?」

「それがね、全く弾けない。いやピアノのどの鍵盤がどの音を出すのかくらいは知ってるけど。」

「いや、それは誰でも知ってるんじゃないですかね。」

 的確なツッコミだった。小学校の音楽で鍵盤ハーモニカを習うはずだし、知らない人は少ないだろう。

「まあそうだよね。で、楽器が全然弾けなくても、パソコンで曲が作れるわけさ。」

「パソコンから楽器のいろんな音が出るって言う感じですか?」

「知ってるじゃないか。」

「推理が当たった!」

 彼女に推理されたのはDAWのMIDIインストゥルメント…すなわち、デジタル・オーディオ・ワークステーションとよばれるソフトウェアに付属している楽器のこと。追加音源なんかも売っていて、購入すれば使える音色を増やせるが、僕にはまだ使いこなせないと思うので、まだ持っていない。ソフト内に音符を打ち込んで、MIDIというファイルで保存する。MIDIファイルがあれば他のDAWでも同じ音程が出るし、楽器の差し替えも容易だ。

「名探偵だな。それで、パソコンの曲を作るソフトに、メロディーを打ち込むわけ。その時に曲の速さとか、どんなキーで曲を作るとかを考えるの。」

「キーですか?ハ長調とか、そういうのですかね。」

「よく知ってるな…。僕より詳しいんじゃないか?メロディーを打ち込んだら、それを参考にコード進行を考える。それはもう、フィーリングで作業してるよ。どうしてもわからない時は、ト長調に合うコード、とかで検索して選んでる。」

「検索しちゃうんですか。」

「初心者だからしょうがないじゃないか。音楽理論も全くわからないで曲作ってるんだから。で、コードを参考にベースを考える。コードは三から四種類の音で構成されているんだけど、その中から不協和音にならないようにだけ気をつけつつ、好きな音を選ぶ。」

「その後はどうするんですか?ドラムとか?」

「その後はドラムかなぁ。メロディーより前にドラム考えることが多いかな。僕の使ってるソフトには、ご丁寧なことにドラムを勝手に打ち込んでくれるシステムがついてるんだ。僕はそれをカスタマイズしてるよ。ドラムのデータを切り取って気に入らないところを直したりする。最後に効果音とか合いの手を入れて完成かな。歌詞が入る場合はイントロとかAメロ、サビなんかのパート分けをより意識しないといけない。僕は作詞のセンスが皆無なので、歌詞のないインスト曲を作ってます。」

「おぉ…簡単なのか難しいのか。でも楽しそうですね。私もやってみようかな。」

「無料で使えるソフトとかもあるから一回やってみると面白いかもよ。それで、肝心のミックスとマスタリングだけどさ。」

「はい。曲を作り終わった後にすることなんですか?」

「そうそう。ミックスは、各パートの音量を調節したり、楽器ごとにエコーとかのエフェクトをつけたり、歌の音程を直したりする作業のこと。言い換えるなら、各パートを孤立させないで、全体に馴染ませる工程だよ。カレーでいうなら煮込む工程かな。で、ついでにエフェクトとかでカッコ良くしてやろうという工程でもある。ドラムが大きすぎてギターが全然聞こえない!とかだったら嫌でしょ?」

「ミックスは音量調節やエフェクト追加の工程。わかったような、わからないような。」

「で、最後の仕上げにマスタリング。ミックスが各パートを合わせて一個の音源にするために馴染ませる作業であるのに対して、マスタリングは全部の音量だったり聞こえ方だったりを一括で編集する作業のことだね。カレーで例えると盛り付けだ。ミックスの時に音が小さい音源をマスタリングの時に強引に大音量にする。そのせいで音質が悪くなったりすることも多々あるけども、そういうのは編集する人の性格がでるよ。」

「アーティストの特徴は曲調や歌い方だけじゃないっていうことですか?」

「そうそう。音楽はよく聴くの?」

「J-Popばかりですけど。色々なアーティストの曲を聴きますよ。」

「じゃあ、アーティストごとに曲全体の聞こえ方が違うかどうか、今度聴き比べてみるといいかもしれないね。」

「作曲の手順もアーティストによって違うんですかね。例えばコードを考えてからメロディーをつけたりとか。」

「他の人はよく知らないけど、きっとそうだろうね。コードから考えれば、似たようなメロディーにならなくて済むかも。でも、そうしたら自由度が減るのかな。」

「不協和音に気を使わないといけないから?」

「そんな感じかな。不協和音をわざと作る人もいるけどね。」

 そんなこんなで、僕たちはケーキをつつきながら音楽談義、もといDTM講座に花を咲かせた。そしてあろうことか、僕は生まれて初めて、「女子と話して楽しい」「一緒にいると心地よい」という感情を知った。なるほど、こんなに幸せなことなのか。十七年間も損ばかりしていたのか。このやろう。意外と楽しいじゃん!そしていつの間にか二時間もすぎていた。そろそろ帰ったほうがいいだろうか。

「そういえば、カズくんは何部なんですか?部活どうするか悩んでいて。」

 そういえば、高一にとって四月の下旬というと、部活説明会や部活体験の時期だろう。僕も去年は悩んだ。運動はあまり得意ではないし、文化系の部活も特に気になるものがなかったのだが、最終的に、一つ面白そうな集まりを見つけたのだった。それはズバリ。

「音楽同好会。」

「音楽同好会?」

「そう。同好会だけど。部ではないけど。でも楽しいぞ?曲作って、作った曲を聴きあって、歌ったり演奏したりする。カバーしたり、ただ好きなアーティストの曲を教え合うだけで終わることもあるけどね。」

「楽しそうじゃないですか!さっきのお話で音楽制作に興味も沸きましたし。部活動、音楽同好会にしようかな。それになにより、カズくんの曲を聴いてみたいです。」

「おぉ、そう言ってくれて嬉しいよ。実は今制作中の曲があって。ちょっとアドバイスが欲しいんだよね。今度音源をスマホに入れてくるよ。さて、時間もいいところだし。そろそろ帰るか?」

「そうですね。楽しかったです。あ、お支払いどうしましょうか?」

「僕が払うよ。」

「え、いいんですか?私も払いますよ。割り勘でもいいんですよ?」

「いや、僕に払わせて。」

「あ、じゃあ、今度何かおごりますね。」

 僕が全額お支払いをし、ドアを開けてあげた。外開きだったので、先に外に出てドアを抑える。外開きのドアを開けてあげるときは、どこにいるのが最適解なんだろう。ヨシハに聴いておけばよかった。そして僕たちは喫茶店を後にした。呉羽の自宅は、この喫茶店の近くらしいので、僕が家まで送っていくことにした。

「あ、あの。今日は本当にありがとうございました。突然のお誘いですみません。」

「いや、僕も楽しかったよ。今日は特に予定もなくて退屈するところだったんだ。」

「それは良かったです。えっと、その、」

「ん?どうかしたの?」

「あ、あの、私たちまだ出会って一週間ちょっとですけど、」

「そうだな十日くらいか?それがどうした?」

「え、えっと。」

 呉羽は立ち止まり、僕の横を離れた。そして僕の目の前に立ち深呼吸。夕日の中、彼女の焦げ茶色のミディアムヘアーが輝いていた。風になびく彼女の髪から、ほのかに甘い香りを感じた。頬を赤らめた彼女は、手を後ろに組み、少しだけ足元を見ながら、揺ら揺らとしている。

「と、突然どうしたの?」

「…私、カズくんのことが好きです!」

「?!?!?!」

「そ、そうですよね、突然こんなこと言ったら誰だって驚きますよ。ですけど、カズくんと一緒にいたいんです。離れたくないんです。今日もずっと話していて楽しかったですし。なにより、カズくんとお話ししているととても落ち着きます。」

 まさかの告白だった。どう返事したらいいのだろうか。僕にはさっぱり分からない。告白だなんて、普通ならデートを何回か繰り返してから行われるものだと思っていたが、必ずしも、そう言うわけでも無いようだ。

「あの、もし良かったら何ですけど。付き合ってくださいませんか?」

 僕にはここで、「はい」と言える勇気がなかった。というのも、呉羽のことは可愛いとは思う。僕も一緒に話していて楽しかった。しかし、こんなにいとも容易く告白され付き合うとは如何なものか。こんなに簡単なことなのだろうか。恋愛に関する知識が皆無の僕には難しい問題であった。でも、この所謂「上目遣い」で告白されると、なんとも断りにくい。それも女子の戦略なのだろう。上目遣いに引っかかる男子はバカと思っていたことがあったが、こりゃぁ可愛い女子がやれば大抵の男子は引っかかるわ。引っかかるのも分からんでも無いわ。いずれにせよ、ヨシハに相談した方がよさそうだ。

「ありがとう。嬉しいよ。でも、ちょっと考えさせてくれないかな。なにせ恋愛経験が全くないもんで、頭がパンクしそうなんだ。」

「それじゃあ、落ちついたら教えてください。振ってくれてもいいんですからね?」

「明日以降に僕からいうから。それじゃあ、家まで行くよ。」

「はい!」

 呉羽を家に送り、僕は帰路に着いた。空は橙に染まっていた。夕日の下、今日あったことを振り返りながら、僕は帰路につく。さて、どうしたものか。彼女への返事も考えなくてはならない。とりあえず帰宅したらヨシハに連絡しなくてはならない。彼は結果を楽しみにしている。


■□■々々々■□■


Me: ということがあったのさ。

Yoshi: まじかよ、一日で進展しすぎだろ。で、OKしたの?

Me: いや、とりあえず考えさせてって言ってある。冷静に考えなくては。

Yoshi: ふーん、俺だったら、もう一回デートしてから考えるけどな。でも、これはカズちゃん次第だぜ?別に今OKしても、俺は止めない。自由にやってくれ。恋愛なんて自由にすればいいものだ。もっと肩の力を抜いたほうがいい。

Me: そうか…。もっと自由にねぇ。わかった。明日学校で彼女に会ったらOKする。

Yoshi: お!そのいきだ!っていうか、初の女友達が初彼女か。すげえな。親友として喜ばしいことだ。

Me: 親にも全く同じこと言われたよ。

Yoshi: まあそうだよなぁ。だって、女子を拒絶し続けてきたんだもんな。これは大偉業で大事件だ。まあ、俺から言えることは「お幸せに」ってことだけだね。

Me: ありがとう。じゃあ、また明日な。

Yoshi: おう。おやすみ!

 今日は楽しかった。さてと。宿題も特にないことだし、曲作りの続きをしてしまおうか。せっかくだから今日の話を曲にしよう。現在制作中の曲はFutureBassっぽい曲だし、呉羽の雰囲気にあってるのではなかろうか。ストーリー性を持たせるとメロディーがすぐに思いつく。


■□■々々々■□■


 そんなこんなで、僕、瑠川 和人の中の定説は、たった一人の少女、瑞城 呉羽により、人生十七年目にして崩落した。喫茶店のジャズミュージックの中で音を立てて崩れ落ちた。あの日の出来事は、僕の人生上の大事件であり、大偉業であった。

最新記事

すべて表示
僕と彼女の恋愛観と人生観についての記述 〜第1話〜

始まりと呼ばれるものは、しばしば終末であり、 終止符を打つということは、新たな始まりでもある。 終着点は、出発点である。 ―T・S・エリオット ■□■々々々■□■ 三月二十三日 知らないふりをしていたかった。目前に映る、この明白で明瞭な疑いの余地のない事実を、僕は疑いの目を...

 
 
 

コメント


© 2020 Komorebi Atelier  Wix.comで作成されました。

bottom of page